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肥前陣の黒ベコ

09 28 *2014 | 妖怪::◆熊本の妖怪

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 侍村の肥前陣は、天正十五年四月、豊臣秀吉の島津征討に呼応して出征した肥前(佐賀藩)の軍勢が陣を構えたところで、その名があるが、黒べこはそこを塒にしていた。
 黒べコは夜になると、黒褌をした裸の大男になって現われ、道行く人たちを驚かすのが得意で、“肥前陣の黒べコ“と言って恐れられていたが、別に悪さをすることはなかったという。
 ところが、水俣の町もだんだんと開け、山の麓も伐採され、チッソの工場も拡がってきて、餌場になっていたところも次第になくなり、また空気も悪くなって暮らしにくくなったからか、暮らし馴れた肥前陣を離れることにした黒ベコは、ある日人間に化け、どこかの船頭さんを騙して長島(鹿児島)に渡してもらったそうな。ところが、この船が長島の海岸に着くなり、その客人は船賃を船頭に払うと船から飛び降り、さっさと山の中に消えて行ったので、不思議に思った船頭がもらった船賃をよく見ると、それは全部木の葉じゃったという話である。

 
水俣市史「民族・人物編」より
http://www.city.minamata.lg.jp/960.html

13:05

二の坂のおまん狸

08 01 *2014 | 妖怪::◆熊本の妖怪

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 二の坂の道筋ん山に「おまん」ちゅうこっけ狸が棲んどったげな。人間ば騙くらかすこた朝めし前、また歌が上手で人ばからこうては一人で?いや一匹で面白がっとった。噂ば聞いた人びとは、朝夕薄暗いうちゃみんな怖がって、こん峠ば越ゆるもんなおらんじゃった。
 ある日のこと、村の庄屋どんが、まだ明けきらん薄暗か中ば愛馬に打ちまだがり、気に入りのお供えば一人従えて狩に行く途中、今日の獲物ばあれこれ想像しながる二の坂ば登っとらしたげなたい。
 明けん明星が姿ば消すころ、坂ん途中の「下駄取り坂」ちゅうて、雨上がりにゃ下駄履いて通ればおっ取られるごつ粘り気ん強か赤粘土の坂道ばようよう登りきったとき、白々明けかけた朝露の中ば、庄屋どん方の下女がゼーゼー、ゼーゼー息ば切らしながる後ろから追いかけてきて、「旦那さん、旦那さん、奥さんが子供ん生まるっち騒動しとらすで、狩りは止めて早う帰って下はりまっせ」「なんてやッ、奥がお産を?……」突然のこつで庄屋どんな一瞬めんくらわしたが……、はて、今ごろ奥が子供ば産むはずはなか……こらおかしかぞ?ハハァ、こやつは「おまん狸」の仕業じゃな」瞬時に気付いたばってん、さすがは庄屋どんたい、顔には出さずいきなり馬ん上から腰の大刀を抜く手も見せずに下女を目がけて切り払った。哀れにも「おまん」狸の首はころりと落ちて泣き別れ。
 それからは、二の坂にゃ人間ば騙す狸は出らんごつなって、村人は安心して夜道でんこん坂ば越ゆるごてなったちゅう話たい。


水俣市史「民族・人物編」より
http://www.city.minamata.lg.jp/976.html

00:28

金神どん

07 29 *2014 | 妖怪::◆熊本の妖怪

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 むかし、古里の田頭に「こんじんどん」ちゅう神さんがおらったげな。こん神さんなあんまり目立たんじゃったばつてん、いさぎゅう運の良うなる神さんで、お参りすれば金がようぬさるちいわれとった。
 ある日、村ん衆が寄り合いばして村ん中に農道ば造るごて決めた。ところが具合の悪かこてな、そん道ば通すところに金神どんが座っとらすもんじゃっで、ほかんとこれ移さんばんごつなったったい。金神どんな石でできとったで、村ン長老どんが代表で金神どんにお願いばせらしたげな。
 「金神どん、金神どん、村中で話し合いばして、こげ農道ば造るごつ決まったで、ほかんとげ移ってもらわんまんばってん、移ってよかれば軽うならんな。移るごたなかなら重うならんな」と頼まったちたい。そしたら、いつの間にか軽うならしたげな。 お陰で何か月か経って素晴らしか農道が出来上がったそうな。
 金神どんば移したところは石で囲み、回りに南天の木ば三本植えて、村中で祀ったそうたい。なして三本植えたか、その訳は誰も知っとるもんなおらんじゃった。また、そん訳ば詮索するもんな銭のぬさらんごつなるち言われ、尋ぬる者なおらんじゃったそうじゃ。
 今じゃ南天が何本も生えており、石も無くなってしもうたので、どれがどれだかわからんごつなってしもうたたい。
 (注)ぬさる……授かるの意

 
水俣市史「民族・人物編」より
http://www.city.minamata.lg.jp/971.html


この「金神どん」というのは元は陰陽道の金神のことだったと思うんですよね・・・。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E7%A5%9E

それが信仰が失われていくうちに名前が縁起がよさそうなので性質が変化した挙句、このような民話として残ったのではなかろうか、と。なので、既存の金神の絵をトレースして福の神っぽい要素を付け足して改変、性質の変化と朽ち果て忘れられていくさまを描いています。

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22:50

今にも坂

11 28 *2013 | 妖怪::◆熊本の妖怪

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今にも坂【いまにもさか】:熊本県下益城郡豊野村下郷小畑(現・宇城市)の話。ここに「今にも坂」という坂があるが、昔、ここに大入道が現れて通行人を驚かせた。以来、人がその話をしながらこの坂を通ると、「今にも」という声がして、その大入道が現れるという。「今にも坂」の名はこの大入道に由来する。(wikipediaの「大入道」の頁より。)

23:10

クズ

11 27 *2013 | 妖怪::◆熊本の妖怪

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クズ【くず】:五木村の祇園池にはクズと呼ばれる大きな亀も住んでおり、この池から約900メートル難れた祇園社(八坂神社)の間を毎年のように行き来している姿が目撃されていたという。(五木村民俗調査団編『五木の民俗』)

クズ・・・。名は体をあらわすと言いますが、この名前は何なのだろうと考えてみた所、蓑亀にたどり着きました。このクズは絵画の題材になる蓑亀ほど見た目が良い感じでは無いものの、藻屑をいっぱい体につけた亀だったのではないでしょうか。と、いうのを踏まえてそんな感じに描いてみました。

案外、葛の葉っぱみたいな色をしていたから「クズ」という名前で呼ばれてた、というオチかもしれないけど。

23:05