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2012年8月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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伝承妖怪お題絵:第8回
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ママオッカ:千葉県佐倉市に伝わる。空の唐箕を廻すと出るという恐ろしいもの。「鬼が出る」ともいわれる。(『佐倉市史 民俗』)

twitterでやっている伝承妖怪お題絵の8月のお題。この妖怪って、用も無いのに唐箕(とうみ)で遊ぶ子供に対しての戒めから生まれた妖怪だと思うのです。子供は加減なしにハンドルを高速回転したりして故障の原因となるだろうから。ママオッカという名前は直感的には「ママ、おっかねぇ」からきたんじゃなかろうかと思いましたが、「ママ」って外来語だよな・・・。「マンマ=飯」からきてるのだろうか。「用も無いのに唐箕で遊んでると、そのままおっかねぇ化け物に食われちまうぞ!」みたいな注意の台詞が部分的に残ったという線も。「そのまま」の使い方が無理やりすぎるか・・・。

母親というのは子供の行動パターンを読んでいて、悪戯しようとしても事前に察知して釘をさしてきたりしますよね。なので鬼婆風に。で、子供に対する戒めのパターンというと、「~すると~に食われちまうぞ!」か「~すると~に連れ去られちまうぞ!」だと思うので、前者の食べられてしまいそうな外見を加えました。


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『大佐用』第18号(2013年01月13日)発行
http://yokaidoyukai.ho-zuki.com/taisayo1...

2012年7月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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熊本の妖怪
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twitterでやっている伝承妖怪お題絵・・・ではありません。番外編。

不知火【シラヌイ】:九州有明海、八代海に伝わる。旧暦八月の風の穏やかな新月の夜などに、遠くの海に赤い火が並列して無数に現れるという。龍神が灯す火であると考えられ、これの現れる日は漁を禁じたという。(及川儀右衛門『筑紫野民譚集』など)

不知火というのは蜃気楼の一種で、始めは一つか二つ、「親火(おやび)」と呼ばれる者が出現し、それが左右に分かれて数を増やしていき、最終的には数百から数千もの火が横並びに並ぶそうです。(wikipediaの「不知火」の頁より。)なので忍者漫画の分身の術のような感じに描いてみました。本当はもっと炎を小さく描くべきなのでしょうけど。

普通の炎だと海面に照り返しができるだろうけど、蜃気楼の炎の場合はどうなのでしょうね。また、伝承にある「赤い火」というのは蜃気楼の元となったの船の漁火によるものだろうし、現代だとライトの白っぽい明かりが横に広がっていくのでしょうかね?

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熊本の妖怪
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twitterでやっている伝承妖怪お題絵・・・ではありません。番外編。

磯女【イソオンナ】:熊本県天草市での言い伝えでは、船が港に泊まっているとき、夜中に磯女が艫綱を伝って船に忍び込み、船中で眠っている人に髪の毛をかぶせ、その毛で血を吸って死に至らしめるという。そのため船が知らぬ土地で碇泊するときは、艫綱をとらずに錨だけ下ろしておくという風習がある。

外見は、上半身は人間の美女に近いが、下半身は幽霊のようにぼやけている、龍やヘビのようになっている、常人と変わりないなどの説があり、背後から見るとただの岩にしか見えないともいわれる。全身が濡れており、髪は地面に触れるほど長く垂れているともいう。(wikipediaの「磯女」の頁より。)

艫綱(ともづな)とは船尾の方から出して船をつなぎとめる綱。それを登ってくる磯女と、犠牲者に髪の毛をかぶせている場面と、上半身は美人さんらしいのでそのあたりは綺麗に描きたい、その要素を無理やり詰め込んでこんな構図とあいなりました。「艫綱を伝って船に忍び込み」という表現からすると、大きい船を専門に襲いそうなイメージ。下半身は鳥山石燕の濡女を参考にしています。

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熊本の妖怪
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油ずまし【アブラズマシ】:熊本県に伝わる。草隅越という峠道を通りかかった孫連れの老婆が「ここにゃ昔、油瓶さげたとん出よらいたちゅぞ」と孫に話したら、「今もー出るーぞー」といって現れたという。(浜田隆一『天草島民俗誌』など)

水木しげる先生の油すましのデザインの印象が強いので、それをアレンジするような感じで。独自解釈として、頭のとっぺんに穴が開いていて油が染み出てて体を触るとぬるぬるすようなイメージを付加しています。

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熊本の妖怪
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アマビエ【アマビエ】:江戸時代に肥後国(熊本県)に現れたと伝えられている。弘化三年(1846年)の4月の中旬頃。毎晩のように海中に光る物体が出現していたため、ある夜に町の役人が海へ赴いたところ、このアマビエが現れていた。その姿は人魚に似ているが、口はくちばし状で、首から下は鱗に覆われていた。役人に対して自らを「海中に住むアマビエである」と名乗り、「この先6年間は豊作が続くが、もし疫病が流行することがあれば、私の姿を描いた絵を人々に早々に見せよ」と予言めいたことを告げ、海の中へと帰って行った。この話は当時の瓦版で人々に伝わり、アマビエの姿も瓦版に描かれて人々に伝えられた。(wikipediaの「アマビエ」の頁より。)

今度は割りと瓦版の絵に忠実に。

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熊本の妖怪
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アマビエ【アマビエ】:江戸時代に肥後国(熊本県)に現れたと伝えられている。弘化三年(1846年)の4月の中旬頃。毎晩のように海中に光る物体が出現していたため、ある夜に町の役人が海へ赴いたところ、このアマビエが現れていた。その姿は人魚に似ているが、口はくちばし状で、首から下は鱗に覆われていた。役人に対して自らを「海中に住むアマビエである」と名乗り、「この先6年間は豊作が続くが、もし疫病が流行することがあれば、私の姿を描いた絵を人々に早々に見せよ」と予言めいたことを告げ、海の中へと帰って行った。この話は当時の瓦版で人々に伝わり、アマビエの姿も瓦版に描かれて人々に伝えられた。(wikipediaの「アマビエ」の頁より。)

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元々の瓦版がこんなだし(↑)、水木しげる先生がほぼまんまのデザインで描いてもおられるので、拡大解釈路線で攻めてみました。実は海は海でも未来の海からやってきた、自己顕示欲の強い問題児の人魚型妖怪、みたいな。で、自分のブロマイドをばら撒いて帰ってったとか・・・。

と、いうことで背後にうつろ舟(タイムマシンという解釈で)を入れてみました。
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熊本の妖怪
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天火【テンカ、テンビ、テンピ】:熊本県天草諸島の民俗資料『天草島民俗誌』には以下のような伝説がある。ある男が鬼池村(現・天草市)へ漁に出かけたが、村人たちによそ者扱いされて虐待され、それがもとで病死した。以来、鬼池には毎晩のように火の玉が飛来するようになり、ある夜に火が藪に燃え移り、村人たちの消火作業の甲斐もなく火が燃え広がり、村の家々は全焼した。村人たちはこれを、あの男の怨霊の仕業といって恐れ、彼を虐待した場所に地蔵尊を建て、毎年冬に霊を弔ったという。(wikipediaの「天火」の頁より。)

熊本県玉名郡南関町で、天上より落ちる怪火。彗星とは違うという。提灯の火くらいで尾を曵かず、屋上に落ちれば火事になるという。(『民俗語彙』)

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伝承妖怪お題絵:第7回
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おとん女郎【オトンジョロウ】:鳥取県気高郡の立見峠に伝わる。よく人を化かした女狐で、よく「おとみ」という女郎に化けたことからこの名がついたという。助けられた恩返しに、女郎に化けて京都に売られていったという逸話もある。桂蔵坊の妻ともいわれている。(佐藤清明『現行全国妖怪事典』など)

twitterでやっている伝承妖怪お題絵の7月のお題。旦那の桂蔵坊って伝承の中で死んでるけど、おとん女郎が売られる話は未亡人になった後なのだろうか、それとも前なんだろうか。生きてた頃なら妻を取り返しに行く桂蔵坊の話とか創作できそう。

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熊本の妖怪
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シバカキ【シバカキ】:熊本県玉名郡に伝わる。夜に路傍で石を投げるものだという。(柳田國男『妖怪談義』)

シバカキは、熊本県玉名郡南関町に伝わる妖怪。夜、外を歩いているときに路傍から石を投げてくるといわれている。正体について言及した伝承は確認されていないが、単なるほかの人間の悪戯が妖怪と見なされたとの説もある。(wikipediaの「シバカキ」の頁より。)


名前から推測するに、柴の垣根のある家に排他的な人物か一家が住んでいたのではないかと思います。石を投げるのは侵入者を拒む目的があるか、あるいは追い出すという行為でしょう。で、近所の住民が「柴の垣根のある家には何をされるかわからないから近づくな」と戒めていたものが「シバカキには近づくな」→「シバカキがいるから近づくな」と変化したのではないかなぁ。昔は誰もが苗字を持てたわけではないし、鼻つまみ者の渾名が転じたものはないかな、と。まぁ妄想ですけど。

イラストのシバカキは柴の垣根でテリトリーを築きつつ、侵入者は石を投げて攻撃するけど、自分たちのテリトリーに入った品物に関しては自分たちのものだと主張する強欲妖怪夫婦、みたいなイメージで描いています。

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